さらり







さらり。ぱらり。
紙を捲る。捲る。

関口は目を開けた。
くすんだ天井。すすけた欄干。淡い障子。ぬめる骨壺。

ツィギィィィ。ツィギィィィ。
ヒヨドリが鳴いている。

畳のか細い繊維が頬から落ちる。
ざらつく頬。
跡を付けられた肉の戻る感触に、爪の先で掻いた。

眼がさまよう。何かを探すようでもある。
何をだ。


座敷はがらんどうだ。ただ紙を捲る音がする。
開け放した障子から、冴えた空気がながれこむ。
この天気の良い日に惰眠を決め込む己。
嗤う。鼻孔に冷えたものが入りこんだ。
覚めてなどやるものか。


埃が舞う。黒塗の座卓で陽かりに透ける。
ふらり。また埃が。ふわり。舞って。ふらり。
煽られているようなのは、
紙を捲って、
そこに


寒い。
毛布を胸の前であわせる。
障子が開いているから、冷たい空気が入るのだ。
閉めればいいのに。
腕を伸ばす。ぽき、と枯れ枝の折れるような音がする。
脇腹をヒヤリとかすめる。
のたりと近づいて桟に手を


紙擦れが止んでいる。


石榴。
桟の向こう側、金華の猫が腹をさらけ出していた。
こんなところに。口元がゆるむ。
手を伸ばして、毛の流れを楽しむ。
同類の親近感。楽しまれる。毛並みを。
金華の猫は夜になると人に変化して、男を、女を誘惑するのだ。
人は正気を失い、やがて眠り続けるようになるという。
おまえも僕をたぶらかすか。
でもおまえの肉は食えないよ。


さらり。ぱらり。


本と本の、あの虚ろな空間に。
天井と壁の、あの薄暗い角に。
襖からかろうじて覗くあの闇の重い隙間に。


まだ匂いがある。


吐き気がした。


捲る音が止んでいる。
和綴じは


ああ、見てしまった。


開かれたまま、薄陰の男が。
埃が舞う。陽かりを白々と映して、眉間の深い影にちらつく。
石榴が鳴く。にゃ。行くなよ。
京極堂の眼が、苦しげに、ゆらりと泳いで、
己を。


「関口、」


尾の残像。
毛布が風をはらむ。一瞬冷えた空気に巻かれる。
窓が。

するりと、金華の猫は外へ逃げた。
抜け落ちた毛が、金にひかる。


きみは、ぼくを、たぶらかすのか。


ねめつける。
言葉になどなるものか。
戯れでないのなら、
刹那が刹那でないのなら、
言葉になくとも、「わかれよ」


京極堂は確かに一瞬息を呑み。
眼を泳がせ。
固く眉を寄せてわずかに顎を引くと、また薄影の男に戻っていった。


「シャツを」
と云うと、手の中のものを投げて寄越す。
それを破り裂くかのように着込むと、
石榴のように、外へ逃げた。


猫は、庭の隅のすぐりの茂みに寝ている。
起こさないように、離れて座る。
金華の眠りから覚めるには、その肉を食らえばよい。
それでも。


「僕は君の肉は食わない。絶対にだ」


石榴の丸い背を見ながら、堰が切れたように、
泣いた。







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